こんばんは、ヒミです。
結婚式をしない、「ナシ婚」を選ぶ人が増えている近年。そんな中で私たちは、2022年に結婚式を挙げました。
私たちは2020年入籍の、「コロナ婚」。
もともと結婚願望自体が希薄で、結婚式にもとくに興味のなかった私たちですが、周囲の希望もあり式を挙げるかどうか悩んでいました。
さらにはコロナ禍真っ只中だったこともあり、当時はかなりの葛藤があったことを覚えています⋱
それでも入籍から2年の空白を経て、私たちは式を挙げる決断をします。
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たくさん悩んで、迷った末の決断。
でも、数年が経った今、振り返って考えると「やって本当に良かった」その一言に尽きます。
お金も時間もかかりましたが、今でも当時の写真を夫婦で見返すほど、私たちにとってかけがえのない宝物になりました⁂
今回は、式を挙げる前は後ろ向きだったわたしが、「卒花」のひとりとして数年経った今だからこそ感じる結婚式の本当の価値や、ゲストに喜んでもらうためにとことんこだわった舞台裏のストーリーをお話しします。
\ この記事はこんな人におすすめ❁ /
- 結婚式を挙げるどうか迷っている人
- 数年経った今だから言える、卒花さんのリアルな本音を知りたい人
- 定番にとらわれず、ゲストに喜んでもらえるアットホームな式にしたい人
❖ あのとき、決断したからこそ|家族と残せた大切な記憶
結婚式を挙げることを決めた一番の理由は、わたしの母と祖母の強い希望でした。
わたしと妹は、小学生の頃に父が他界し、母と同居の祖母に育てられました⌂
たくさんの苦労があったはずなのに、何不自由ない生活を送らせてくれたふたりには、今でも感謝してもしきれません。
そんな母と祖母に、どうしても花嫁姿を見せて安心させてあげたかったのです。
大切な家族と過ごした、特別な瞬間
式当日は大切な家族にも力を貸してもらい、かけがえのない思い出を作ることができました。
保育園児の姪っ子には、リングガールを依頼。
リハーサルのとき、下唇を噛みながら真剣な面持ちで神父様からの指示を聞いていた姪っ子。
緊張で一言も発しなくなっていたため心配していましたが、本番では見事成功させてくれました❁
花嫁のわたしは外で待機していたので、残念ながら実際の姿は見られませんでしたが…。
小さな手で一生懸命にリングを届けてくれるその愛らしい姿に、式場全体がほっこりとした優しい空気に包まれたそうです。
夫の会社の人からは「あのリングガールは式場が手配した子?」とプロと間違われるほど、姪っ子は完璧にやってくれました。
小学生になった今でも大切な思い出にしてくれているようで、姪っ子大好きな叔母は嬉しい気持ちでいっぱいです⁂
姪っ子の勇姿のあとは、わたしの出番。
わたしは、バージンロードを母と歩きました。
父親がいないわたしにとって、「誰と歩くか」は少し悩んだポイントでもありました。
そんなとき、「お母様と歩かれる花嫁様もたくさんいらっしゃいますよ」というプランナーさんの優しい言葉に背中を押され、一緒に歩きたい母にお願いすることにしたのです。
母と腕を組み、これまでの日々を思い返しながら、一歩一歩進むバージンロード。
目を上げるとゲストのすごく嬉しそうな、そして心からの温かい涙を浮かべた顔が見えました。
大切なゲストたちに見守られながら歩いたあの瞬間は、幸せな気持ちでいっぱいでした。
あの光景を見られただけでも、「式を挙げてよかった」と心の底から思います。
ちなみに…車椅子で参列してくれた祖母は式当日、ボロボロと一日中泣きっぱなしでした(笑)
花嫁の手紙を読まない選択|演出にせず、まっすぐ伝える形
実はわたし、披露宴の定番演出ともいえる「花嫁からの手紙」の朗読をやっていません。
結婚式といえばこれ!というイメージもありますが、やらないと決めた理由は主に3つあります。
「よそいき」の言葉を贈りたくなかった
ひとつ目の理由は、人前で披露する前提で書くとどうしても内容がかしこまってしまうから。
正直、みなさんに聞いてもらうって思うと、ちょっと見栄を張ったり(笑)、よそいきな内容になっちゃうかなって思ったんです。
わたしは、今までの感謝やあのときの感情を、ありのまま素直な言葉で母に伝えたかった。
だからこそ、誰にも読まれない前提の「ふたりだけの秘密の手紙」を渡したかったんですよね。
みんなの涙よりも笑顔が見たかった
ふたつ目の理由は、どう書いても手紙が涙を誘う内容になってしまうから。
わたしは先程も書いた通り、母子家庭で育ちました。その背景を入れると、どうしても泣かせにかかる文章になってしまうんですよね。
正直、わたしはそれが嫌だったんです。
手紙を読むわたしも、号泣せずに最後まで読み切る自信がなかったというのもあります。
わたし達の披露宴では、ゲストの皆さんにとにかくたくさん幸せな気持ちになってほしかった。
挙式やプロフィール動画など、ありがたいことに涙していただけるシーンはありましたが、しんみりする時間はできるだけ短くしたかったんです。
その甲斐あってか(?)花嫁であるわたし自身ですら、一度も涙を流すことなく最初から最後まで笑顔いっぱいの挙式&披露宴になりました❁
嫌がる母の気持ちを大切にしたかった
みっつ目の理由は、わたしの母もそういった泣ける演出を嫌がっていたから。
母は結婚式が具体的に決まる前から、「お涙頂戴は嫌だからね」と常々言っていました(笑)
「披露宴で手紙を読むなら式に出ない」と言っていたほど(それは冗談ですが)。きっと母も、ゲストの前で号泣したくなかったんだと思います。
だからこそ、花嫁の手紙を披露宴のプログラムに組み込む予定は、結婚式の打ち合わせをする前からありませんでした。
でも感謝の気持ちは伝えたかったので、披露宴でお互いの母親へ記念品を渡す時間を作りました。
ファーストミートだからできた、素直な気持ちの伝え方
でも、式を数日後に控えた気持ちを綴ったあの手紙は、絶対に当日に渡したかった。
そこで選んだのが、挙式前の「ファミリーミート(親との対面)」のタイミングでした。
わたしと夫はお互いに母子家庭ということで、式が始まる直前にそれぞれ自分の母親にサプライズで手紙を手渡したのです。
ふたりとも最初はビックリした顔をしていましたが、そのあとはすごく嬉しそうな笑顔を浮かべながら幸せの涙を流してくれました。
周りの目が気にならない空間でしっかり想いを届けられたこの渡し方が、わたしにとっては最良だったと今でも思っています⌂
祖母への手紙も用意していて、披露宴でのテーブルごとの写真撮影のときに手渡しました。
祖母はそこでもボロボロと泣き、ほかのゲストはみんな笑顔で。今でもその写真を見ると、当時を思い出し胸がじんと熱くなります❁
認知症と別れ— あのタイミングがくれた宝物
あのとき悩みながらも式を挙げる決断をした裏には、これまでお世話になってきた大切な人たちへの強い想いがありました。
いつもわたしを支えてくれた大切な人たちが「みんなが年々歳を重ねている」という事実。
今振り返ると、これこそがわたしの背中を一番強く押してくれた理由だったと感じています。
あれから、4年。
あの日、ボロボロと涙を流して喜んでくれた祖母は、体調が悪化して車椅子での移動も難しくなりました。認知症も進み、今ではわたしのことが誰だか分からない日も多いです。
また、幼い頃からかわいがってくれた大切な親族との、突然の別れもありました。
「もう少し落ち着いてから」
「いつかタイミングが来たら」
もし、そうやって先延ばしにしていたら。
祖母をはじめ大切な人たちに囲まれながら、あの幸せな瞬間を過ごすことは叶わなかったのです。
そう考えると、あのとき悩みに悩みながらも結婚式を挙げると決断をしたことは、私たちにとって間違いなく正しい選択でした。
「私たちの門出を祝ってほしい」と心から思っていた人たちに、来てもらえたから。
もちろん亡くなった父や祖父にも来てほしかったけど、あのときのわたしにとって最良の決断だったと、今でも思っています。
あの日撮ったみんなの笑顔の写真は、今でもかけがえのない宝物です⋱
❖ 目指したのは「ちょっと豪華な食事会」|こだわりを詰め込んだおもてなし
結婚式の準備を進めるなかで、わたしの口癖は「ちょっと豪華な食事会に」でした。
主役のわたしたちを目立たせるのではなく、来てくれたみんなが久しぶりに会う友人や親族と、美味しい料理を味わいながらゆっくりおしゃべりを楽しむ時間にしてほしかったんです。
余興のない披露宴|主役は、ゲストと過ごすのんびりとした時間
そのコンセプトを形にするために、私たちはゲストに依頼する余興を思い切って一切やめました。
余興をなしにした理由は、主に3つあります。
- コロナの感染リスクを減らしたかったから
- ゲストを本当に親しい人に絞ったから
- 夫の地元が遠く、友人招待を見送ったから
余興などの演出を詰め込まずに、それぞれの歓談や食事の時間をたっぷり取ったこの選択は、結果としてゲストからも大好評でした⁂
「バタバタせず、ゆっくりした時間を過ごせた」
「料理をじっくり楽しめて最高だった」
そんな嬉しい声をもらうことができました。
正直、準備中は「演出が少なすぎると退屈させちゃうかな…」と不安になることもありました。
でも、無理に演出を詰め込まないことこそが、わたしたちにとってもゲストにとっても最高のおもてなしになったのだと感じています⌂
思い出に残る「美味しい時間」|細部まで妥協しないおもてなし
私たちが結婚式準備の中で一番重視したポイントは、間違いなく「料理」でした。
今までいろいろな結婚式に参列して感じたのは、なんだかんだで一番記憶に残るのはやっぱり料理の美味しさだなということ。
もちろん友人の幸せそうな顔を見れるのが一番嬉しいですが、ドレスの細かなレースとかはあまり覚えていないのが正直なところ…(笑)
だからこそ、料理のクオリティは絶対に妥協したくありませんでした。
式で提供される料理が食べられる試食会には、ブライダルフェアを合わせ2回足を運び、うち1回はわたしの母にも同席してもらいじっくり相談。
メインはお肉、お魚ともにグレードアップ。とくに「甘鯛のウロコ揚げ」は感動する美味しさで、3人ともとても気に入ったお料理でした。
しかし「なんでも言ってください」と柔軟に対応してくれる会場だったので、私たちのこだわりはここで終わりませんでした。
「ソースはこっちに変えてほしい」「副菜はあちらのメニューと差し替えたい」といったかなり細かいリクエストにも応えてもらうことに。
さらには、私たちにゆかりのある食材を使ったオリジナルメニューも追加してもらいました。
その結果、ゲストの皆さんにも「今まで出た結婚式で一番美味しかった!」とたくさんのお褒めの言葉をいただけてホッとしました。
私たちも、お料理に関してはできる限りのおもてなしができたので、「細部までこだわりきって本当に良かった」とやり切った気持ちです⁂
安心と過ごしやすさのために|式場選びと「前向きな妥協」
会場を選びでは、わたしなりにたくさん調べて、実際に5か所ほどの式場を見て回りました。
実際に式を挙げた会場に決めた理由はたくさんありますが、その中でもとくに大きな決め手となったポイントがあります。
それは、「1日1組」の貸し切りだったこと。
「1日1組」で、ゆとりある心地良い時間を
式場の雰囲気もとっても気に入りましたが、何よりも心惹かれたのが「1日1組限定」だったこと。
開始時間や終了時間も自分たちの好きなように設定でき、他の挙式ペアを気にせず自分たちだけのペースで進められることに魅力を感じたんです❁
それなら他のゲストとバッティングする心配もありませんし、なにより高齢ゲストを急かす必要がないのが一番のポイントでした。
年を重ねると、どうしても素早く移動することが難しくなってしまいますからね。
ゲストを急かすことなく、みんなでゆっくりと幸せな時間を共有したかったんです。
また、当時はコロナ禍真っ只中。
わたしが田舎出身ということもあり、「県外から来た人と接触するのはちょっと…」と、とくに年配の方は不安を感じやすい時期でもありました。
だからこそ、少しでもゲストの不安を減らせるよう、館内にいるのが自分たちのゲストだけになる「1日1組」の会場を選んだのです。
こだわりよりも安心感|パーテーションの設置
披露宴のテーブルに、アクリルパーテーションをつけること。これはわたしにとって、ちょっとした致し方ない「妥協」でした。
会場の装飾や写真のことを考えると、正直パーテーションはないほうが綺麗です。
さらに、声が遮られて隣の人と会話がしづらくなりますし、「気休め程度の対策にしかならないのでは…?」と直前まで設置するか悩みました。
それでも最終的につける決断をしたのは、ゲストに少しでも安心してもらいたかったから。
とくに高齢ゲストにとっては、理屈よりも目に見える感染対策があることで、安心感がぐっと上がるかなと考えたのです。
自分のこだわりや見映えよりも、大切なゲストの安心感を取った、いわば「前向きな妥協」。
正直なところ、今でも「ないほうが良かったかな」と思うことはありますが(笑)、あの決断は当時の最良な選択だったと思っています。
❖ 願望ゼロだった夫と、いまだに語り合う最高の記憶
夫は多分、結婚式に対する特別な夢や希望はまったくなかったと思います。
「結婚式は花嫁が主役」
「花嫁がやりたいならやるべき」
そんな考え方の持ち主で、「ヒミちゃんの好きにしていいよ」といつも言ってくれていました。
そんな夫ですが、みんなからの愛と祝福を一日中一身に受け、大切な人たちの笑顔を見られたことで心境の変化があったようです。
式を挙げて4年経った今でも「結婚式、本当にやってよかったね」と言っています。
ゲストファーストを意識した結婚式でしたが、私たち自身にとっても大満足の式にできたんだなと、夫の感想を聞くたびに実感しています❁
「今までで一番よかった」|ゲストから届いた嬉しい言葉
ここで少し自慢話をさせてください(笑)
「今まで出た結婚式の中で、一番よかった!」
私たちの結婚式後、ゲストたちからそんな言葉をもらえることが想像以上に多かったんです↟↟
派手な演出や余興はなかったけど、アットホームな雰囲気の中で穏やかに幸せを感じてくれたのなら、それだけで大成功だったと思えます。
結婚式の準備期間は大変なこともたくさんありましたが、ゲストから届いた温かい言葉で、これまでの努力がすべて報われました。
人生で一度きり|自分たちが主役の理想空間
実はわたし自身も、結婚式に対して強い夢を抱いているわけではありませんでした。
「みんなが喜んでくれるなら、挙げようかな」
はじめは、そのくらいのどちらかといえば消極的な気持ちだった気がします。
でも、やるからには自分の好きやこだわりをとことん詰め込んだ、理想の式にしたい。
そう思って、妥協せずに準備を進めました。
だって、平凡な私たちにとって結婚式は人生で唯一、自分たち“だけ”が主役になれる空間だから。
その空間を、適当に作り上げるのではなく、納得のいくモノにしたかったんですよね。
そうやってこだわったからこそ、これから何十年経っても色あせない、忘れられないであろう特別な時間を過ごすことができました。

❖ さいごに:悩み抜いた時間は、きっと愛おしい記憶になる
ここまで語ってきましたが、結婚式を終えた今でも「結婚式は絶対に挙げたほうがいい?」と聞かれたら、挙げる前の思いと変わりはありません。
「どちらを選んでも正解で、挙げることだけが正解ではない」と思っています。
お金も時間もかかることだからこそ、その資金を結婚後のふたりの生活に回したり、新婚旅行にドカンと使うのも、とても素敵な選択ですよね⁂
でも、以前挙式を迷う友人に「挙げてよかった?」と聞かれたときは、こう答えました。
「うん、わたしは挙げてすごくよかったよ。」
「迷ってるなら、挙げてもいいかもね。」
これからこのブログでは、当時頑張ったDIYの記録やこだわったこと、準備中に悩んだことなども発信していく予定です。
もし「挙げる」という選択をしたとき、このブログが少しでもあなたの役に立てたら嬉しいです。


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